僕の好きなキャラ(やっちゃう人)が出る映画リスト

ナイトクローラー

この映画で好きなキャラが定まった。

雨の日は会えない、晴れの日は君を思う

観終わったあと、ジェイク・ジレンホールだったことを知った。

人生スイッチ

のラストの女。パステルナーク。「ヒーローになるために」のENDは良かった。

ハングオーバー
ファイトクラブ

模範的。

 

ノート活用

 言うまでもないですが、以下に並ぶノート活用の方法論は次の方には全く有効といえないでしょう。一度見たものを忘れない方。

ノート使える

ノートにまとめるのは非効率といった風潮が蔓延して長いですが、合理的根拠は聞いたことがありません。そして綺麗にノートをまとめることは理解不足の本質的な原因ではないことは誰しも気づいていることと思います。

僕が思うにノートの良さとは、一度自分を通る所にあります。自分ナリで表現された言葉は瞬時に理解できるのです。

瞬時に理解できることは復習の効率を上げます。そして無視されがちですが(恣意的に)、読みやすく綺麗なノートは復習の効率を上げます。そして言うまでもないことですが復習は重要です。(大学受験で嫌という程知った)

手書きかデジタルか 

実際にノートを書く時その方法はデジタルと手書きに分かれます。単純な比較では手書きの方がいいです。圧倒的に直感的に自由に書けるからです。ただし、多くの場合時間がかかりすぎるので総合的にはデジタルの方がいいでしょう。しかし数式などをデジタルで書くのはむしろ時間がかかるので、数学など数式を多用する場合は手書きの方がいいです。

活用リスト

読書
  1. 目次をコピペ
  2. 1章ずつを簡単に要約 

まともな本なら1センテンスに一つの明確な論理があるそう。 復習した時瞬時に本の内容が思い出せるような要約を。またそれらの論理総体の繋がりを汲み取った要約を。

労力的に全ての本にできることではないので、価値のある、何度も読みそうな本に。

ノートを読み返すより原書を読み返す方が新たな気づきがあるが、ノートを読み返した方が圧倒的に早く復習が可能。またデジタルノートならいくらでも書き換えられるので、そんなに好きなら読み返す。

講演
  1. 講演のテーマとテーマではない話を意識して聞くべきだと思う
  2. 具体的なことは試行錯誤中。

 この記事は最近までほぼノートを活用していない人間が、ノート便利じゃねと気づいて書いています。よって未完です。また、やっぱノートいらないかなとなった時に更新は途絶えます。

活用してはいけないリスト

映画

映画鑑賞後のエントロピーマシマシな感情を、ノートに小奇麗にまとめて消費してしまうのがもったいなく感じるから。その映画に見合ったことをするべき。

 

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C言語1

Pythonを始めたと思ったら、いつのまにかC言語を勉強していた。何を言っているのかーッッッッ!!!というと、Pythonはまるで触れずC言語の初歩をしていると言っています。ポインタを知りましたレベル。全ての言語はC言語に通ず訳です。C言語をとりあえず知れば、他の習得が容易いと。そんな感じらしいですよ。ポインタは割に容易いです。しかしC言語この先何に続いているのか全く見えない状況だよ。何が作れるんだ。いや簡単な計算プログラムは作れるけどそんなん使い所なしだぞ。作りたいものがない人間は技術から考える訳ですけど、それって数多くの人がやってる道だからオリジナリティ求めるのは難しくなるだろうな。原動力となる天才的な閃きが欲しいなんて考えるわけですが「単純化して考えるのは頭の悪い癖ですよ」と内省的現実的な僕に怒られてストレスが積もります。

 

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空間を考える

この空間はなんだろう。PCがある。キーボードがある。机がある。椅子が私の尻の肉では補えないほどに硬い。なんだこの椅子は。この椅子は学習机とセットのやつだ。木でできていて高いんだ。でも高くても硬い。妹のイスはプラスチック製の学校のコンピュータ室にある安っぽいやつだけど、クッションがついてるから座ってても痛くないイスなんだ。あんまり自分の椅子が高いのに硬いから、こっそり妹の安いイスに座ったものだ。こんな高くて硬いイスを作る人は何が楽しいのだろうか。安くても柔らかい妹のイスを作った人の方がずっと偉いことにも気づかないで、木だけでイスを作る自己満足な人。今は何してるのかな。初めて気にしたよ。でも想像もつかない。自由研究で作った竹とんぼが褒められて木を加工することから離れられなくなったのかもしれないけど、自由研究はそういうのがウケやすいってことにも気づかないで人生決めちゃって、今は木の温かみとか言ってんだろうね。想像もつかない。誰もお前みたいになりたくないって知ってるのかなぁ。いや、お前が自分に憧れて欲しいと思ったことがないとかは関係なくて、ただ誰もお前みたいになりたくないと言う事実があってそれをどう思うのかなと思ったんだよ。でもココにお前のことを考えている人間はいて時間を無駄にしたなと思ってる。

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寄り道しない現実逃避

最近みんな未来に夢見すぎじゃーん?と思ったりしたけど、ドラえもんの誕生が2012年だったなと思い出して、そういうもんかと納得した。

考えてみれば昭和の未来感は今では笑い物だが、アレにワクワクしていたんだろうことに鑑みるに、2、30年後振り返ってみれば今の未来感は多分ナンセンスでしょう。

つっても量子コンピュータ存在して成果もあげてるニュースはすでに未来にいる感があるし、AIが盛り上がってる時に量子コンピュータまででてるってそれもう指数関数的な技術の進歩がグイッと来るでしょ!と思わずにはいられない。

ふと未来を見ないで最近の自分を振り返ったら、お金がなくて携帯が直せなず、昼飯は友人に借金し、勉強はやりたくないしやることないので動画サイトで時間をつぶしていた。授業中に寝てテスト勉強をしないでテストを受けると単位はやっぱり落ちるカンジですかーー

タラタラしてんじゃねーよ

 

実は自分、クラスで一番とデザインを褒められた

。その場でば胸が高鳴り喜んだものだが、井の中の蛙すぎる。

この歳でクラス1番を喜ぶだなんて。

しかし救いは1番ということ。それはクラスレベルではない可能性があるということだ。

これが2番で喜んでいたらと思うと恐ろしい。

というのは2番は1番が上にいるというわけなので、クラス内のみで自分の上限が決まっているのだ。

1番は違う。上がまだ見えていないので上限がわからない。もしかしたらこの俺の上は業界で名の知れたスーパーデザイナーなのかも知れないのだから(別クラスなら2番3番だったろうなと思いつつ)。

1日1記事それは無理

 

1日1記事書けば自分は何か変わるんじゃないかと思ったが、

1日1記事書ける人はもはや自分ではないので破綻していた。

Twitterだと発言が多くて人気な人が、実際にあってみると中空を見つめ、会話がうまく行かない人だなんてことは本当にあることと最近学びました。

そんな僕は逆にTwitterだと全然喋れません。ので、1日1記事なんて力技で何とかしようと考えたのでした。

最近バイトに集団塾講師を始めたのですが、少なくない数のひよっこ塾講師がつまづくであろう「褒める」がうまくできないのです。

目を合わせて褒めることができない。褒める言葉が浮かばない。表情がつかない。

僕がどういう人間なのかわかりますね。

と文章が空虚になってきて思い出したんですけど、Twitterから関係が始まった人に「暗い人だと思ってた」と言われました。

若い僕ですがどうやらSNS上でのコミュニケーションが不得意なようです。思えば昔やってたメイプルストーリーでもネット上の友達は一人もいなかった。

と思って1日1記事をしようと考えたのです。